大動脈瘤
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大動脈瘤とは?
大動脈瘤という病気の怖いところは、どの場所で発生してもほとんど症状がないまま少しずつ瘤が膨らんでくる点にあります。症状が出てくるのは、破裂しかかっているとき、もしくはすでに破裂してしまったときに強い痛みが突然出現するだけであり、症状が出たときにはもう手遅れになってしまう可能性が非常に高いのです。
症状がないため、大動脈瘤の発見は、ほかの病気のためたまたま撮影したレントゲンやCT、エコー検査で偶然発見されることがほとんどです。しかし、胸部大動脈瘤であれば単純胸部レントゲン写真で、腹部大動脈瘤であれば腹部エコーで見つけられる可能性が高いため、検診を積極的に受けて、破裂する前にまずはその存在を発見することが大切と言えます。
図3-1:大動脈の解剖と部位名
形から分類した場合、一箇所に限局して膨らんでいる動脈瘤を嚢状(のうじょう)大動脈瘤と呼びます。これとは違って、比較的長い範囲で膨らんでくるタイプは紡錘型大動脈瘤と呼びます。嚢状大動脈瘤は紡錘型に比べ一般に破裂しやすいといわれております。
当院での大動脈瘤に対する治療方針
手術のタイミング
手術適応となる大動脈瘤のサイズは、上行大動脈瘤は5cmから5.5cm以上、弓部大動脈以下の胸部大動脈瘤、胸腹部大動脈瘤は5.5cmから6cm以上、腎動脈下腹部大動脈瘤は4.5cm以上としております。これを目安として、各患者の全身状態をかみ合わせて(患者それぞれで手術リスクが違うため)、最終的に手術をすべきかどうか判断します。これより小さい大動脈瘤では半年から1年ごとにCTなどで注意深く大きさを追跡していきます。血圧コントロールはその大動脈瘤の拡大速度を遅くすることのできる唯一の対応ですので、大切な治療となります。
基本的な手術法
図3-3:上行大動脈瘤手術
図3-4:弓部大動脈瘤手術
図3-5:胸部下行大動脈瘤手術
図3-6:胸腹部大動脈瘤手術
図3-7:腎動脈下腹部大動脈瘤手術
では、どうすれば障害を残さずに人工血管に置換するか、ということが最大の問題となります。現在、一番確実と考えられている方法は、人工心肺循環を用いて、機械で循環を維持しながら、体温を下げて細胞の代謝を抑え、20分から30分血流を止めても障害が起きないようにする方法(低体温法)と、脳への血流を人工的にコントロールして血流を絶やさない方法(脳灌流法)の二つがあり、両方を併用することが一般的であります。体温が20度に下がっていると、脳は30分程度血流が途絶えても大きな障害なく回復するといわれています。同様な問題が、脊髄、腹部臓器、腎臓もあり、腎動脈下の腹部大動脈瘤以外の大動脈瘤手術では、体外循環を用いて臓器血流を維持しながら手術をする必要があり、当然手術リスクも高くなります。
また、大動脈瘤ができるような病的な大動脈の壁は、動脈硬化の変化が著しく、硬く、石灰化していて、触ると崩れてくるような状態であります。動脈瘤の中には壁在血栓と呼ばれる脂のカスのようなものが付着していて手術中に崩れてきます。人工血管に置換して血流を再開するときに、このようなカスが血管内に迷入したら、それは塞栓としてどこかの動脈の血流を途絶えさせます。脳でおきれば脳梗塞を引き起こしてくるため、手術中の塞栓症の問題に細心の注意を払う必要があります。
上行大動脈瘤では、心臓の大動脈弁、バルサルバ洞、冠動脈の異常をきたしている場合もあるので、その評価、同時手術の必要性、手術中の脳への塞栓の予防が必要です(図3-3)。弓部大動脈瘤では、手術中の脳保護の問題から低体温法、脳還流法の併用と塞栓の予防(図3-4)、胸部下行大動脈瘤では、手術中の脳保護、脊髄保護と、脳塞栓の予防(図3-5)、胸腹部大動脈瘤では、脊髄保護、腹部臓器保護の問題をクリアする必要があります(図3-6)。腎動脈下腹部大動脈瘤だけは単純遮断により人工血管置換が可能であります(図3-7)。
現在は、手術中のさまざまな工夫により、上行・弓部大動脈瘤の手術リスクは5%以下にまで改善しております。胸部大動脈瘤手術のリスクは5%前後であります。腎動脈下腹部大動脈瘤は、予定手術であれば手術リスクは1%以下であります。胸腹部大動脈瘤手術は、広範囲の大動脈置換、分枝再建が必要であり、手術リスク低下のためさまざまな検討が世界中で今も行われております。
ステントグラフト手術
血管内手術としてステントグラフトを大動脈瘤内に留置(内挿)して大動脈瘤に血圧がかからなくすることで破裂を防ぐ治療です。血管内手術であるため、手術侵襲が非常に小さく済みます。腹部大動脈瘤、胸部大動脈瘤での治療が最近盛んに行われるようになりました。当院でも自作ステントグラフトによる胸部下行大動脈瘤治療を手術リスクの高い症例に限定して開始しました。
ステントグラフト内挿術の最大の利点は、手術侵襲が非常に小さいため通常の手術には耐えられないような患者にも適応できる点です。しかし、大きな欠点として、大動脈瘤の前後の大動脈に確実に圧着できないと大動脈瘤内に依然として血流が残り、瘤の破裂の危険が残ったり、ステントグラフトの場所がずれて再び破裂の危険が出てくることがある点で、術後も注意深く観察する必要があります。このため、当院では、十分に手術に耐えられる患者には、通常の大動脈置換術をおすすめしております。特に腹部大動脈瘤ではほぼすべての患者が手術に耐えられるため、腹部大動脈瘤に対するステントグラフト内挿術は行っておりません。
通常の大動脈瘤手術でステントグラフトを併用する(オープンステント)手術は当院でも行っております。弓部大動脈瘤で下行大動脈近くまで病変が伸びている場合、通常は左開胸手術となり、術後の呼吸器合併症が発生しやすくなり、術後疼痛も長く残りますが、ステントグラフトを併用することで、胸部正中切開手術で終わらせることができるため、前記のような合併症を防ぐことが可能となります。